彼と彼女の微妙な距離


 大島荘太(おおしま そうた)と瀬野優奈(せの ゆうな)は仲がよい。
 それは、誰の目から見ても明らかで、当の本人たちもそう思っているほどに。
 でも実際、彼らの距離は、微妙なものだった。


「ふぁぁぁ〜」
 大きく背伸びをしながら、彼こと、大島荘太は布団から上半身だけを起こした。
 季節が春から夏へ変わる頃。窓の外からは心地よい朝の日差しがさんさんと室内に降り注いでいる。
 残念がら、そんなことに感慨浸るような性格でない荘太は、ちゃっちゃと布団をたたみ、服を着替え始めた。
 荘太は今日も今日とて学校へ向かう。
 朝飯を胃に流し込み、親に軽く挨拶をして家を出る。
 夏の太陽ほど強くはないが、それでもきつい日差しが荘太に降り注ぐ。
 一瞬、眩しそうに目を細めた荘太は、手で日光を遮りつつ歩き出す。
 時刻は午前7時20分。いつものように、学校とは反対の道を進むのだった。

 瀬野宅前。
 大豪邸を前にして、荘太は今日もため息をつく。
 ホント、こいつの家は金持ちだよなぁ。
 そう思いつつ、荘太はインターホンを鳴らす。
 ピンポーン、と機械的なチャイムの音が鳴り、どちら様ですか、という女性の声が聞こえた。
「あ、俺です。大島です」
「あ、大島様。おはようございます。どうぞ、中へ」
「はーい、どーも」
 大きな門がギギギ、と動き、荘太は中へ入っていった。
 屋敷の中に入るやいなや、大きなシャンデリアが目に入る。本当にここは日本か、と荘太は毎日目を疑う。
 そのまま2階へと上がり、とある1室の前で足を止める。
 ノックをしてみる。
 ……反応はない。
 もう一度ノックをしてみる。
 …………やはり、反応はない。
 やれやれ、今日もか。
 荘太はドアノブを回し、部屋の中へはいる。
 様々な物が散らばった広い部屋。その中で、すーすーと心地よさそうにベッドで眠る一人の少女が居た。
 彼女の名を、瀬野優奈という。
 二人は大の仲良しとして校内、否、町内で有名だった。
 別に幼馴染みだったわけではない。ただ中学から仲が良くなって、そのまま今日までこうした付き合いをしているだけである。
 ベッドに近寄り、荘太は一気に布団を取った。
 どうやら、布団に体を絡ませていたようで、優奈はぐるぐると体を回転させて、ごてんっ、と床に落ちた。かなり痛そうだ。
 突然事に、優奈は完璧に混乱し、辺りをきょろきょろと見回す。
 すぐに荘他を視界にとらえ、いつものようにギロッとにらみつけた。実はこれ、今日に限ってのことではない。
「何するのよ」
 かなり不機嫌な声。寝起きにくわえ、あんなことをされたのだ。しかも1週間たて続けに。
 荘太はくくっと笑って手を差し出した。
「だってノックしても反応無かったし、中に入ってみれば優奈が気持ちよさそうに寝ているじゃん。こりゃもうやらなきゃ損だと思ってさ」
 ハハハと笑う荘太を見て、自然と優奈も落ち着いてくる。
「ほら、さっさと着替えて飯食ってこい。もう7時半だぜ?」
「え、ウソ!? マジで?」
「マジマジ。って、おい! 俺の目の前で着替えはじめるな」
 荘太がそう指摘し、自分の今の状態に気づいた優奈は顔を一瞬で真っ赤にし、バッと脱いだパジャマで前を隠す。
「キャー、荘太早く出てってよ! このエッチ! スケベ! 変態!」
「痛い! 出ていくから物は投げないで! イテッ!」
 頭を抱えながら、荘太は部屋を出て行った。
 ドアが閉まり、優奈はホッと息をつく。だけど、顔は真っ赤だし鼓動はバクバクいっている。
 ぎゅっと、脱いだパジャマを抱きしめる。
 なんだか、切ない。
 優奈は、荘太にほのかな恋心を抱いていた。
 中学の頃からの腐れ縁。
 いつの間にか仲良くなっていて、気がつけばいつも二人で一緒にいた。
 だけど、それ以下でも以上でもない関係。
 なのに荘太への恋心は募る一方だった。
「荘太は私のこと、どう思っているのかな……」
 優奈はハッと時計を見る。
 すでに時刻は7時40分。冗談抜きでヤバイ。
 優奈は思考を中断し、速攻で服を着替え部屋の外へ出た。
 すぐそこで、荘太が壁にもたれかかった体勢で待っていた。
「遅かったな。ほら、早く飯を食わないと」
「うん」
 そう言うと、二人並んでダイニングへ向かう。
 広い豪邸だ、ダイニングまで2分くらいかかる。
 ダイニングに到着するやいなや、優奈は並べられている朝食のパンをわしづかみし、そのまま口に押し込んだ。
「相変わらず豪快な食べっぷりだな」
「うっひゃい!」
 そして、コーヒーで流し込む。
「よし、行くわよ」
「これだけ早く食えりゃあもう余裕だよ」
 荘太はニッコリと笑った。


 学年一の人気者である大島荘太に、お人形さんと呼ばれるほど小柄で可愛らしい容姿を持つ瀬野優奈が並んで歩く光景は、それはもう絵になる光景だった。
 周りを歩く同じ百異館高校の生徒たちも見とれるほどだ。
 しかし、そんな光景だが、当の本人たちは毎日のようにくだらない話をして歩いているだけだ。
 ただ、少し変わったところがあると言えば、最近優奈の態度がよそよそしくなったところであろう。
「おい、優奈。話ちゃんと聞いてるのか?」
「え、あ、ゴメン。聞いてなかった」
「ったく。ほら、もう一度言うぞ」
 優奈は、ドキドキを押さえるので精一杯だった。
 特に最近はこんな調子だ。前まではホント意識していなかったのになぁ。
 元はと言えば、神田恵美(かんだ えみ)が悪い。
 優奈と恵美はひょんな事で知り合った。ちなみに恵美は同じ高校の1年生、後輩にあたる。
 その恵美と久々に喫茶店で話す機会があり、優奈は彼女の友達二人がつきあい始めた事を聞いた。
 しかも、小学生の頃からずっと想い続けていた仲らしい。
 優奈は、ステキだなぁと思いつつ、自分はどんな人と付き合えるかなぁ、と考えてみる。
 すると、真っ先に思い浮かぶのは荘太の顔。満面の笑顔である。
 ち、違う!荘太じゃない!
 顔を真っ赤にして否定したが、追い打ちをかけるかのように恵美は言葉を続ける。
「優奈先輩って大島先輩にアタックしないんですか?」
 ただでさえ、沸点間近だった優奈の頭は一気に融点にまで達してしまった。
 想像力豊かな優奈の脳は、パニックに陥り、目の前のお冷やを頭にぶっかけるという暴挙にまででたほどだ。
 それが元凶となり、優奈は荘太を意識しまくってしまうようになったのだ。
 くそ、恵美め。荘太と普通に接することができないじゃない。
 と、心の中で毒づいてみても、荘太を意識してしまうのに変わりはない。
 結局、自分は荘太に恋しているんだなぁ、と認めざるを得ないのである。
 そんなこんなで、全くかみ合わない会話は続き、始業の10分前に学校に着いた。
「結構余裕だったな」
「え、あ。うん、そうだね」
 二人並んで教室にはいると、いつものように荘太の友人、坂井田祐介(さかいだ ゆうすけ)が荘太に駆け寄る。
「よ、ご両人。今日も仲良く一緒に登校かい」
「ういっす、祐介。今日も俺のボディブローをうけたいようだな」
「ハッハッハ、冗談にきまってろう、荘太殿」
「うむ、それでよし」
 荘太は窓際の一番後ろの席に荷物を下ろす。ちなみに斜め前は優奈の席だ。優奈も少し遅れて自分の席に着いた。
「優奈ちゃぁん、オッハ〜」
「真央ちゃん、おはよう」
 後ろの席から声をかけたのは、優奈の友達の狩野真央(かの まお)だ。
 いつものようにだらしなく机に突っ伏し、手だけあげて挨拶する。
「もぉ、真央ちゃん。だらしないよ」
「アタシはこんなキャラだから大丈夫〜」
 手をゆらゆらと振る真央。ハッキリ言ってかなり無気力なご様子だ。
「あ、荘太。今日提出の英語の課題、やったか?」
 突然気づいたように、祐介は荘太に振り返る。ちなみに荘太の席の前が祐介の席だ。
「ああ、やったぞ」
「スマン、頼むから見せてくれ。忘れちまった!」
 祐介は手を合わせて荘太に頼み込む。
「はぁ? そんなのしらねぇよ!」
「なぁ、頼むよぉ。友達だろ〜」
 荘太に泣きつく祐介。そんな様子を見て、優奈はクスリと笑う。
 変わらぬ、朝の時間がそこにあった。


 あっという間に授業は終わり(実際、荘太はすべて寝ていて、優奈は真面目に授業を受けていた)、放課後となった。
 荘太も優奈も部活動に所属しているので、下校時はいつも一緒とは限らない。
 優奈は手芸部の部室で、器用にミサンガを沢山作っていた。
「へぇ、優奈。それ、大島君にあげるの?」
 不意に声をかけられ、その方へ向くと部長の長沢静香(ながさわ しずか)が立っていた。
 長い黒髪が実に似合う静香。そんな彼女がニヤリとした笑みを浮かべている。
「え、あ、その……」
 優奈は、顔を真っ赤にして俯いてしまう。
 小柄で可愛らしい彼女がそう言う反応をすると、静香にしてはさらにいじりたいという衝動に駆られるものだ。ニヤニヤとしたまま出来上がったミサンガを手に取る。
「ふーん。一杯作ったわねぇ。愛しの大島君の為だもんね。でも、作りすぎじゃない?」
「い、愛しのだなんて!」
 優奈は必死に否定するが、あながち間違っていなかったりする。
「へぇ。ま、そういうことにしてあげましょ。それはそうとして、ほら、もう遅いから部室しめるわよ」
「あ、はい」
 優奈は道具をテキパキとしまい、下校の用意に取りかかる。
 荷物を手に取り、さっさと部室から出た。
「じゃ、また明日ね」
「はい、お疲れ様でした」
 優奈は、そのまま昇降口へ向かう。
 すると、そこで見覚えのある顔に出会った。
「あ」
「お、優奈か」
 昇降口で靴を履き替えようとしていたのは、偶然にも荘太だった。
「今終わりか?」
「うん」
「そっか。じゃ、一緒に帰るか」
「……うん」
 優奈は、小さくうなずく。
 さっき、静香にからかわれたばかりなので、まだ頬が赤い。
 幸い、外が暗くなり始めているので、荘太はそのことに気づいていないようだ。
 そのまま二人並んで歩いていく。
 夕日に照らされ、二人の陰が長く伸びる。
 最近、あんまり帰る時間が一緒になることがなかったので、一緒に帰るのは久しぶりだった。
 優奈は荘太の横顔を伺う。
 整った顔立ち。鼻は高くも低くもなく、目はぱっちりとしていてまつげが少し長い。少しブラウンのかかった髪。
 格好いいかどうか聞かれたら10人中8人は格好いいと答える容姿。
 そんな彼の顔が、夕日に映えてさらに格好良く見えた。優奈は顔を真っ赤にして俯く。
 学校から家まではだいたい20分くらい。優奈は緊張して全く言葉を発することができない。
 荘太はそんな優奈に気づくはずもなく、ただずっと黙り続ける優奈を見て具合でも悪いのかな、と思う程度だった。
 家に帰る道筋に、小さな商店街がある。
 近くに大きなデパートができたので、以前よりは客が減ったが、それでも安さを売りにしてまだまだ活気溢れる商店街だ。
「お、大島に瀬野じゃん」
 不意に後ろから声をかけられ、二人は同時に振り返った。
 そこには、中学時代のクラスメートが立っていた。
「よぉ、長島じゃん」
 彼は二人とは違う高校、しかもこの町の外にある高校に通っている。
 聞いた話、長島(ながしま)は一人暮らしだそうだ。だけど、何故か二人の目の前にいる。
「どうしたんだ?お前、県外に出たんだろ」
 長島はぽりぽりと頭を掻いて恥ずかしそうに笑う。
「いやはや、ちょっと向こうでバカやってよ。1週間の自宅謹慎。地元に帰されちまったぜ、ハハハ」
「ったく、やっぱしょうがねぇやつだな」
 荘太と長島は話を弾ませるが、その後ろで優奈は少し小さくなっていた。
 どうやって話にはいるか考えているのである。残念ながら、長島とはあんまり仲が良くなかったのでどうも話にはいることができない。
「それにしても、高校行っても大島と瀬野はいつも一緒なんだなぁ」
 その言葉に、優奈はボッと顔を真っ赤にする。幸い、夕日のお陰であんまり目立たない。
「お前ら、もういくところまでいっちゃってるんじゃねーの?」
 優奈は、さらに顔を赤くする。頭の中は妄想パラダイスだ。
「んなわけねーよ」
「え?」
 優奈はハッと顔を上げる。荘太は変わらぬ表情で、さらに言った。
「優奈と俺はただの友達だって」
 頭の中が真っ白になった。


 優奈は自分の部屋で枕を抱え、うずくまっていた。
 体は小刻みに震えており、時折嗚咽が漏れる。

 ――優奈と俺はただの友達だって――

 さっきの荘太の言葉が心の中で復唱される。
 荘太は、自分のことを異性として何とも思っていない。
 その現実がさらに優奈の心を締め付ける。
 私は荘太が好き。
 長い間一緒にいながらも、最近やっと気づいた事実。
 優奈は荘太が少なからず、自分を意識しているものだと思っていた。
 しかし、荘太は全く自分のことを意識していなかった。
 それどころか、全くの無表情で「ただの友達」と言い切ったのである。
「私にはそんな感情、ないんだ……」
 優奈はそう呟いて、枕に顔を押しつける。
 長島が居たときはなんとか動揺を押し殺した。人前で動揺した姿を見せたくなかったし、だいいち荘太が居たからである。
 こうして一人になったら、その緊張はぷつんと解け、涙が何度も溢れそうになる。
「私にはそんな感情、ないんだ……」
 涙がひとしずく、頬を伝う。そのまままたひとしずく、またひとしずく。
 優奈はとうとうポロポロと涙を流しながら泣き出してしまった。
 嗚咽をかみ殺し、ただ静かになく。
 7畳ほどの部屋の中で、ただ一人、優奈は悲しみに埋もれていた。
 いつまでもいつまでも、優奈の涙は止まらなかった。


 次の日も、いつも通り荘太は優奈の家に来ていた。
 しかし、優奈はすでに学校に行っており、荘太は一人で勝手に行く事なんてなかったのに、と不思議に思いながら、学校への道を歩いていた。
 そう言えば昨日の帰り、どこか優奈がおかしかったのを思い出す。
 中学1年から今までの付き合いだ。少しの変化くらいお見通しだ。
 どこか具合でも悪いのかな。
 どう考えても、やっぱりその結論にしか行き着かない。荘太の頭は結構単純だった。
 そうこうしている間に学校に着き、荘太は教室に向かう。
 教室に入り、見回すが優奈は見あたらなかった。
 仕方ないのでとりあえず席に着く。前の席に座っていた祐介が振り返る。
「よぉ、今日は瀬野ちゃんと一緒じゃないの?」
「いや、なんか先に行ってたみたいなんだけど……、どうしたんだろな?」
「さぁ。お前、まさか地雷でも踏んだか、ヒャヒャ」
 気味の悪い笑い声を出す祐介。
「まぁ、もうすぐ来るだろうし。きっと何かあったんだろうな」
「そだろうな」
 荘太は一息ついて、祐介と昨日のテレビの話をしだした。


 その頃優奈はというと、手芸部の部室で机に突っ伏していた。
 昨日のことが気になって全く眠れなかったのだ。なので朝はいつもより早く出て、こうして手芸部の部室で惰眠をむさぼっていた。
 と言っても、だいぶ昨日のことがショックなので夢の中でうなされているようで、さっきからうーうー、とうめいていた。
 そんな様子を隣でニコニコと見つめているのは手芸部部長の静香だった。
 静香は優奈の悩みをうすうす理解していた。
 きっとこの子は恋煩いだわ。
 と、頬杖をつきながらニコニコと優奈を眺める構図はいささか不気味だ。
 どうも、この子は情けない。力がない。勇気が全くない。
 静香の見たところ、今の優奈はそう見えた。実際、優奈は気持ちを伝えてないのにこうして落ち込んでいる。ハッキリ言って静香の中ではこういうのは食わず嫌いの大馬鹿者と呼んでいたりする。
 優奈は強い。
 そのことを静香は気づいている。ただ、荘太はあまりにも近すぎた。
 結局、近すぎるが故に荘太の気持ちが分からないでいるのだ。
 今日、少し話をしてみるか。
 静香はそう決めて、優奈が座っている椅子を引き抜き、優奈をたたき起こした。


「うぅ〜、痛い」
 放課後、優奈はお尻を押さえながらやっぱしミサンガを作っていた。
 朝、静香に寝ているときに座っている椅子を引き抜かれ、そのまま思いっ切り尻を打ってしまったのだ。
 放課後になっても痛みは引かず、まだ痛みが残っている。
 その痛みをこらえながら、黙々と作業をこなす優奈。
 ちなみに、部室には静香と優奈の二人しかいない。手芸部は実際5人いるが、残りの3人とも幽霊部員なのだ。まぁ、その部員のお陰で部として運営しているわけだが。
 静香も黙々と何かを作っている。見たところなんだか不気味な模様がちらちらと伺えて、変なものを作っているのは間違いなさそうだ。
 まだ日は高く、時刻もやっと4時を回った頃である。グラウンドでは運動部のかけ声が聞こえる。
「ねぇ、優奈」
 静香は作業の手を止め、優奈を見据える。
 呼ばれた優奈は作業を続けたまま「何ですかぁ、先輩」と答える。
「あなたさ、情けないと思わない?」
 ビクッと、優奈の肩が反応する。
 作業の手を止め、静香の方に向き直る。
「な、何のことでしょう?」
「とぼけたって無駄。あなた、大島君のことで悩んでいるんでしょ?」
 少しの沈黙後、優奈は小さくうなずいた。静香は小さくため息を漏らす。
「ホント情けないわね。自分の想いも伝えられないわけ? 格好悪いったらありゃしない」
「せ、先輩にっ、……」
 何が分かるんですか、と言おうとしたが、優奈はそこのところを飲み込む。
 何故なら、静香の言うことはすべてあたっているからだ。
 確かに、今の優奈は情けなかった。思いも伝えられず、勝手に落ち込み、悩んでいるだけ。格好悪い。
 でも、どうすればいいか分からない。だからこうしてウジウジしている。
 それに、昨日のことがさらに優奈に追い打ちをかけていた。
「あのね、優奈。これは私の戯言だと思って聞いてちょうだい。あなたはね、彼の気持ちを考えすぎなのよ。それに、今の関係もね。確かに、想いを伝えちゃったら今の関係は崩れるかもしれない。でも、大島君はそんな人じゃないわよ。いい? だから彼に想いを伝えるべきよ。自分の想いを伝えて、それでそのあとどうするか考えなきゃ駄目なの、分かる?」
「で、でも先輩……」
 優奈は恐かった。荘太の気持ちも、今の関係が崩れることも。だから、前に進めなかった。
「自分の想いに気づいたんだから、もっと堂々としなさい。胸を張りなさい。当たって砕けろよ。それに、砕けちゃっても破片を集めればまた1つに戻るの。もし駄目だったらそのあと、彼を振り向かせてやったらいいのよ。自信を持ちなさい。ウジウジしている優奈なんて私、キライよ♪」
 優奈は俯いたまま、黙っていたが、やがて決心でもついたのか、ぐっと拳を握り顔を上げた。
「先輩。ありがとうございます。私、自分が思うがままに精一杯やってみます」
「ええ、やっぱり優奈はそうでなくちゃね」
「じゃあ、私は行きますね」
 優奈は鞄を手に取り、手芸部を飛び出そうとするが、
「あ、優奈。待って」
 と、静香に呼び止められた。
「はい?」
「わ・す・れ・も・の♪」
 そう言われて手渡されたものは、優奈の作ったミサンガだった。
「女は色気よ。ゆ・う・な♪」
「ちょ、先輩〜。そういうのやめてくださいよ〜」
 セクシーなポーズをする静香に一礼し、優奈は昇降口の外に飛び出した。


 すっかり暗くなり、少し冷たい風がひょう、と吹き抜ける。
 荘太は大きなスポーツバッグを肩から提げ、家路についていた。
 今日は結局優奈と一言も喋らなかった。そのことばかりが気がかりでたまらない。
 優奈は良い友達だ。親友以上と言っても過言でもない。だから、やっぱり心配だ。
 ふと前を見ると、外灯の下に人影が見えた。
 近づいてみると、それは女性で、さらに近づいてみると、
「……優奈」
「よっ」
 優奈は小さく手を振り、荘太に駆け寄ってきた。
「お疲れ様。こんな時間までやってるんだね。大変だなぁ」
 優奈はエヘヘと笑った。
「……なぁ、優奈。おまえ、今日、一体どうしたんだよぉ? 心配したんだぞ」
 荘太は、心配そうな顔で優奈を見る。
 優奈はまたも、エヘヘと笑った。
「あのね。私、悩んでたんだ」
「悩んでた?」
「うん、悩んでた」
 優奈は手を空に向けて広げる。月がその手を照らす。
「ものすんごく悩んでたんだよ。答えが分からなくて、どうすればいいか全く分からなくて、苦しかった」
「優奈……」
「でもね、」
 優奈はクルリと回って荘太に向き直る。
 荘太は、優奈を見つめる。
「先輩に助けてもらって、どうすればいいか分かったんだ」
「優奈……」
「私ね、荘太が、好きだよ」
 それは、今まで言えなかった言葉で
「友達としてじゃなくてね、男の子として世界で1番好きなんだ」
 そして、伝えてはいけないことだった。
「優奈、俺……」
 荘太が言葉を発しようとしたのを、優奈が人差し指で制した。
「分かってるよ。私は気持ちを伝えたかっただけ。これからも同じようにしていこうよ。返事は、私を女として好きになったときで良いからさ」
 荘太は黙っていた。しばし考えて、そして優奈をしっかりと見つめる。
「分かったよ。今のところ我が親友で恋人候補よ」
 ニッコリと、荘太が笑う。優奈も、つられて笑った。
「あ、それと、これ」
「ん?」
 優奈が差し出した物は、先ほどまで作っていたミサンガだった。
「ほら、受け取ってよ」
「あ、ああ」
 荘太はミサンガを手のひらにのせ、一つ一つを取り上げて見た。
「ありがと、優奈」
「ん、どういたしまして」
 荘太は自分の腕にミサンガを巻き、優奈に見せる。
「どう?」
「うん。とっても似合うよ」
 また、二人は笑った。
 これからも変わらず、二人は仲が良いままだろう。
 それは、友達としてか、恋人としてかは分からない。
 でも、こんなのもありじゃないのかな?
 友情ってこんなもんだろう。
 恋愛ってこんなもんだろう。
 月は、ボンヤリと二人を照らしていた。

拍手だけでも送れます。一言あればどうぞ(50字以内)
  
【Index】